ルネサンス様式の荘厳な商業建築の屋上を訪れると、まるで公園のような居心地の良い空間が広がっていました。
ここは日本橋にある、三越百貨店の本店です。
日本初の百貨店

地下鉄銀座線に「三越前」という駅があります。商業施設の名前がそのまま駅名となり、銀座駅や日本橋駅と肩を並べている。“三越” とはさぞかし立派なデパートなんだろう、と期待を膨らませたものです。
そして実際に訪れてみると、本当に立派なデパートでした(笑)。

1673年(延宝元年)に創業した呉服店「越後屋」は、広く大衆向けの商いを手掛けることで、江戸を代表する豪商へと発展します。1904年(明治37年)には「株式会社三越呉服店」となり、日本初となる「デパートメント宣言」を掲げました。日本の百貨店の歴史は、ここから始まったのです。

1914年(大正3年)には、現在の本館の基礎となる地上5階・地下1階建ての鉄骨鉄筋コンクリート造の新館が竣工。ルネサンス様式の威風堂々たる建築は “スエズ運河以東最大の建築” とも称されました。

その後も増改築が繰り返され、現在は地上7階・地下3階建て、延床面積約64000平方mにも及ぶ巨大店舗となっています。その一方で、大正から昭和初期にかけての豪奢な建築美は失われておらず、2016年には国の重要文化財に指定されました。
そんな日本橋三越本店は、日本の百貨店で初めて「屋上庭園」が設けられた場所でもあります。日本の “デパート屋上の歴史” も、ここから始まっていたのです。
日本橋庭園

最上階へ向かうと、扉の向こうに「大屋根空間」が広がっていました。
屋上ならではの爽やかな開放感と、適度な囲まれ感。十分すぎるほどの椅子と机が並べられており、なんとも居心地の良い空間です。ショッピングの合間に一息ついたり、デパ地下グルメを味わったり、子供を遊ばせたり……。
適度な賑わいと落ち着きのある空間でした。

(館内で購入したものであれば)飲酒することもできますが、決して騒々しい環境になることはありません。良いお店には良い顧客がいる、ということなのでしょう。客側にもそれなりの立ち振る舞いが求められているような気がして、この日はスーツ姿で過ごしました。

現在の屋上「日本橋庭園」は、2019年(令和元年)にオープンしました。皇居と同じ標高36mにあることから、都会の真ん中にある緑豊かな空間をコンセプトにデザインされています。
なかでも目を引くのは「池」です。建物の屋上とは思えないような水辺空間と、都心の空を映し出す美しい水鏡を楽しむことができます。また緑の向こうに塔が佇む景色は、まるで新宿御苑から眺めるNTTドコモ代々木ビルのような、地上の公園にも引けを取らない立派な風景でした。
三井と三越

屋上の一角には盆栽店と、「三囲(みめぐり)神社」があります。三囲神社とは三井家を古くから守護してきた存在であり、また神社のすぐ裏手には三井本館が建っています。
そもそも三越は、三井高利が創業した越後屋を起源をしており、その三井家と越後屋から取って三越と名付けられました。現在の「三越伊勢丹ホールディングス」と「三井グループ」には直接の資本関係はないものの、それ以上に深いところで繋がっているのです。
過去の屋上遊園地

この日は「芝生広場」が養生中のため立入禁止でしたが、子供たちは「ステージ」の上を遊び場にして、有り余るエネルギーを発散させてました。
かつてこの屋上では、1957年(昭和32年)4月30日から約1カ月間「こどもの夢の国!ディズニーランド」が開催されていました。日本におけるディズニーパークの第一歩は、実はデパートの屋上だったのです。

昭和から平成初期にかけていくつかの遊戯施設がありましたが、やがて時代の流れとともに姿を消します。
しかし遊園地としての役割を終えたものの、屋上から人々が消えることはありませんでした。子供たちが笑顔で走り回り、大人ものびのびと寛いでいる様子は、まさに 現代における “デパート屋上の理想形” と言えるでしょう。
屋上ガイド
| 立ち入り | 眺望 | 利用状況 | 遊具 |
| 可能 | 高層ビルに囲まれている | 庭園・休憩所・盆栽店 | なし |
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大吹き抜け空間

屋上からエレベーターを下り、本館の中心部にある「中央ホール」にやってきました。
1階から5階までを貫く壮大な吹き抜け空間には、1960年(昭和35年)に完成した高さ約11mの「天女(まごころ)像」が鎮座しています。2階バルコニーにはパイプオルガンが置かれており、ちょうど生演奏が始まるところでした。
休日の夕刻に、館内中をパイプオルガンの音色が響き渡ります。
各階の回廊には自然と人が集まり、緩やかな一体感のもとで、春の訪れを感じさせる童謡から馴染みのJ-POPまでが奏でられました。

百貨店は、単に高級品を並べて売るだけの場所ではありません。
「催事場」や「三越劇場」はもちろん、ギャラリースペースや「特別食堂」など、戦前から今日に至るまで芸術や文化を育んできた “文化の発信地” なのです。

黄昏時のデパート屋上

地下フロアで軽く買い物を済ませて、再び屋上へと戻ります。3月の夕暮れ時はまだ少し冷えますが、刻一刻と表情を変える空の色を楽しむには絶好の時間です。


黄昏時にひときわ存在感を放っているのが「金字塔」です。1921年(大正10年)に建てられてたアールデコ様式の塔で、当初は展望室として利用されていました。
現在では ”地上約60m” はそれほど高いものではありませんが、日本橋の空に誇らしげにそびえたっている姿は、まるで日本の百貨店を象徴しているかのようでした。

買い物を終えた家族連れが屋上にやってくると、再び子供たちの楽しそうな声が響き始めました。大人たちが語らぐ傍らで、子供は風を切って走り続ける。
子供の頃の記憶はやがて薄れるものですが、ちょっと特別なお買い物の後に訪れた、この夕暮れ時の屋上での光景だけは、不思議と記憶に残る……、かもしれませんね。
訪問日 2026年3月
アクセス・宿泊
HP:公式サイト
交通:三越前駅(地下鉄銀座線・半蔵門線)
運営:株式会社三越伊勢丹ホールディングス
