中心部からのアクセスの良さで知られる福岡空港は、西へわずか3㎞も進めば博多駅に着いてしまいます。では、その反対側には何があるのでしょうか。
空港から東へ4㎞ほど進むと、住宅街の先に、巨大な鉄筋コンクリート剝き出しのタワーが現れました。
志免鉄道記念公園

福岡空港からバスに揺られること15分。「志免鉄道公園」バス停で下車します。
現在の志免町には鉄道が通っていませんが、かつては国鉄勝田線が存在しました。しかし貨物需要の減少に伴い、1985年(昭和60年)に廃線となります。では、当時は何が運ばれていたのかというと ”石炭” です。

この地はかつて「糟屋炭田」と呼ばれる、九州でも有数の石炭産出地でした。
石炭輸送と周辺の参拝客輸送を目的に、1919年(大正8年)に鉄道が開通。そして 1943年(昭和18年)に、高さ47.65mを誇る「竪坑櫓(たてこうやぐら)」が完成します。これは地下約430mの坑道へ人や資材を運ぶための巨大なエレベーター塔であり、志免炭鉱の近代化を象徴するものでした。
旧志免鉱業所 竪坑櫓

“頭でっかち” のような独特なデザインは、見る者の目を釘付けにします。
どこか機能美を超えたスタイルの良さ を感じさせるのは、逆三角形のシルエットによるものでしょう。最上部が大きく張り出し、中層から下層にかけて壁がなく梁が剝き出しとなっている構造が、その印象を強めているのです。

その姿は、東京ディズニーシーの「タワー・オブ・テラー」を思い起こさせます。ただし、優雅なレンガ造りのあちらよりも、剥き出しのコンクリートが風化したこちらの方が、よっぽど “テラー” です。

それにしても、なぜ地下深くへと潜るエレベーターに、高い建物が必要とされたのでしょうか。答えは、ブレーキ距離を確保するために、高い位置に巻き上げ機を設置する必要があったから。また滑車のサイズも非常に大きく、それも建物の高層化・巨大化に繋がりました。
もちろん、いきなりエレベーターが急上昇急降下するような超常現象は起きてません。
老朽化と保存

この志免鉱業は、旧日本海軍が燃料確保のために保有してました。エネルギー源の確保は、当時の最重要事項であり、戦時中の厳しい物資統制のなかでも建設が進められたのです。
空襲の衝撃にも耐えられるように頑丈に設計されており、竣工から80年以上が経った現在も、その場に立ち続けています。

建物自体は堅牢ですが、壁面のコンクリートは劣化が進んでいます。
剥離による落下の危険があることから、半径40mは立入禁止。のどかな公園として整備されている空間を遮るフェンスと看板に、物々しさを感じます。
ここでちょっと本の紹介。
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福岡県糟屋郡志免町



戦後、志免鉱業所は日本国有鉄道の所有となり、1964年(昭和39年)に閉山となりました。多くの炭鉱町が閉山と共に衰退してゆく中で、福岡市に隣接する志免町はベットタウンとして成長を遂げます。
福岡市中心部へは多くのバス路線があり、もし鉄道が残っていれば…と思わずにはいられません。乗り込んだバスは、なんと都市高速を経由する便。ハイウェイを走る路線バスという、少し珍しい体験をしながら博多駅へと向かいました。
訪問日 2023年5月
アクセス
HP:公式サイト
交通:「博多駅」―西鉄バス32,33系統など―「志免」 約30~40分
交通:「福岡空港」―西鉄バス5系統―「志免鉄道公園前」 約15分
